去る2月19日・20日の二日間、独特なスタイルの双胴高速フェリーが横浜大桟橋に入港。 工場夜景ジャングルクルーズの待ち時間に、パチリ♪ 一見するとトリマラン(三胴船)と錯覚してしまうが、「ウエーブピアサー」という最新型の双胴船で、外側の非常に細い2つの船体で浮かんでいる。船長112m、排水量10,700t。 4基のウォータージェット推進器によって約36ノットの高速をたたき出す。 建造はオーストラリアのインキャット・タスマニア社。日本製でないのが残念だ。 もともと2007年に、青森ー函館間のカーフェリーとして姉妹船「ナッチャンRena」とともに就航したものの、高い運用コストと燃料高騰の影響で一年後にあえなく運休してしまった。調べてみると、昨年3月に横浜・函館開港150周年を祝って横浜港へ初入港したとのこと。今回は「東北新幹線青森延伸」を記念して2度目の横浜入港だ。(クルーズもあったそうだ。知らなかったなぁ) 僕は、この船の未来的なスタイルが気に入っている。 しかしながら、この船にこの塗装はどうなのかな? こんな化粧じゃ“せっかくの美人が台無し”じゃないか。
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先週、「インスパ横浜」を紹介した「横浜コットンハーバー地区」。 きょうは、いつもの“休日朝ジョグ”のコースを延長して、コンデジ片手に出かけてみた。 「みなとみらい地区」と在日米軍が占領している「瑞穂埠頭」とに挟まれた「コットンハーバー地区」。 セメントで財を成し東洋汽船を起こした浅野総一郎が、1916(大正15)年に埋立て地に創設した「横浜造船」(浅野ドック)がその前身で、第一次大戦後の造船バブルの波に乗って、瞬く間に船台6基を有する大造船所に成長したという歴史のあるエリアだ。 船台から進水すると、船がちょうど横浜港の方向に浮かぶことから立地条件も良く、やがて日本鋼管と合併して、日本鋼管鶴見造船所となる。軍艦も造るようになり、世界初の正規航空母艦「鳳翔」の船体を組み立てたのも浅野ドックだという。戦前、戦時中は、多数の海防艦、駆潜艇を量産。この地区一帯は、厳重に立入禁止とされていた。 戦後は、海上自衛隊の掃海艇を造り続けた。初代南極観測船「宗谷」もこの場所で生まれた。 そして半世紀の時を超えて現在。 急速にモダンな街並に変貌するみなとみらいに比べて、運河に囲まれて、時空の狭間に取り残されたようだったこの一画にも、高層マンションが建ち始めた。今なお断片的に残る歴史の痕跡も、やがて消え去ることだろう。きょうは、かつて荒っぽい港町だった「絶頂期の横浜」に思いを馳せつつ、「コットンハーバー地区」まで歩いてみよう。 みなとみらいの日本丸(横浜みなと博物館)を起点に、パシフィコ横浜から、臨港パークを北上。中央卸売市場を経由して、コットンハーバー・BOAT YARDを目指す。 いざ、スタート。
三連休の初日、「インスパ横浜」に行く。 近場のサウナやスパで”ゆっくり&まったり”寛ぐのも一興。 というわけで、みなとみらい地区の北側に位置する「横浜コットンハーバー地区」に向かった。 「インスパ横浜」がある神奈川区山内町は、「旧・日本鋼管 浅野ドック跡」を再開発したエリアである。また、昔はドック周辺の橋本町界隈が綿花の倉庫街だったことに由来して「コットンハーバー地区」と名付けられたということだ。 今では、高層マンションが立ち並ぶ瀟洒なエリアへと変貌したが、いまひとつ知名度が低いのか、休日でも比較的閑散としているように思う。人混み嫌いな僕には、もってこいの穴場スポットなのだ。
